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梅川昭美の生い立ち!母親は韓国人?角田美代子や女子行員の関係は?

2018.03.22

日本の近代史上最悪の事件となった「三菱銀行人質事件」。その単独犯人である梅川昭美とはどういった人物だったのか、彼の生い立ちに迫りたいと思います。母親は観光人であるという噂や角田美代子という人物の接点、また女子行員との関係について触れていきたいと思います。

梅川昭美の生い立ち!

梅川昭美の生まれは広島県大竹市小方向村という小さな田舎町。戦後1948年3月1日に産まれました。父親が46歳、母親が42歳という両親ともに高齢出産で生まれた待望の息子でした。梅川昭美の上に姉がいましたが、幼いころに亡くなっているようです。

梅川昭美8歳のとき、父親が脊髄の病気にかかってしまったことが人生の転換期のようです。それまで幸せに暮らしていた家族3人は、父親が働くことが不可能になり、収入がゼロになったこと貧乏生活がスタート。両親の口論も絶えなくなり、梅川が10歳の時、母親が家を出ていく形で離婚となりました。病気の父親と梅川は父親の里・香川県に身を寄せますが、父は実は家を継がずに家出をした身だったため、親族から冷たくあしらわれてしまいます。香川でもまともな生活ができなかった梅川は意を決して広島の母親の元へ家出をします。

シングルマザーの元で思春期を過ごすことになった梅川。中学生のときには悪仲間とつるみ、何度も補導されました。なんとか入学した高校(広島工業大学高等学校)もほとんど無断欠席で、バイクを盗んだ罪でわずか4か月で退学させられてしまいます。

高校一年生にして無職になった梅川は、生活費を稼ぐために土建業者でアルバイトを始めます。しかしほんの数か月で退職。15歳の時、辞めたアルバイト先に侵入し、現金や通帳を奪いました。そのとき見つかってしまった経営者の奥さんを殺害。少年院送りとなります。わずか15歳でこんなことをしてしまう人物、恐ろしすぎます。この事件は「大竹市強盗殺人事件」と呼ばれています。

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梅川昭美は女子行員に何をした?三菱銀行人質事件の真相

ほんの1年余りで少年院を出所した梅川は、更生するわけもなく、さらなる大事件を起こします。その事件の名も1979年に起きた「三菱銀行人質事件」。三菱銀行人質事件について詳しい内容はこちらをご参照ください。

梅川昭美を調べていくと、「女子行員」というキーワードが出てきますが、これは、銀行内立てこもり中に、女子行員の衣服を脱がせ、「裸のバリケード」を作ったことが事件の残虐さを物語っているからなんですね。

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梅川昭美の母親は韓国人?

梅川昭美の母親は韓国人なのではないか?という噂も流れています。しかし調べていくとこういった事実はありませんでした。どうもこういった強烈な事件が出ると、犯人の親族に韓国人がいるだとかという噂が流れますが、これはあくまで噂に過ぎないようですね。梅川昭美は父親に対する恩はなかったようで、父親が亡くなったときも葬儀に参列しなかったようです。しかし母親に対する愛情は大人になってからもあり、「おふくろを安心させてやらないかん」など事件前に周囲に話していたそうです。

梅川昭美と角田美代子の関係は?

角田美代子というのは、兵庫県尼崎市で起きた「尼崎連続変死事件」の主犯格といわれ、罪に問われた女性です。梅川昭美の愛人が角田美代子だったという説があります。角田美代子は大日本正義団の元組員で山口組の組長を銃撃したことで半武勇伝化されている鳴海清という人物の愛人だったことで知られています。梅川昭美は既婚者ではなかったので、「愛人」という表現は違うかもしれませんが、火のないところに煙は立たぬといいますから梅川昭美と角田美代子は接点があったという説は信憑性が高いかもしれません。最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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